町田康『告白』

ジェンキンスさんの本ではありません。

告白

告白

町田康は高校の時から大好きで現在も唯一読み続けている作家ですが、とうとうやってくれましたね。最高傑作ですよ。
今までのモチーフは怠惰な日常に次々してくる奇想天外な非日常でそれを町田節前回で笑いに回収していたが、今回は笑いに回収出来ない鬱屈とした部分を徹底的に描ききったものでしょう。

「河内十人斬り」をモチーフとして主人公の熊太郎が人殺しに至るまでの内面をこちらが打ちのめされるくらい描ききっていて読了後は凄い思い気持ちに。この物語では、河内という軽い感じの方言をしゃべる地方(村落共同体)に生まれた他の人々と、内面の思弁を言葉に出来ず苦しむ熊太郎の違いが明確に綴られている。
祭りや女にうつつを抜かす熊太郎の友人を彼は軽蔑するが、逆に思弁的なのに加え見栄をはって意味不明な行動をする熊太郎は村中から変わり者として扱われるが、誰も彼の内面を理解してくれる人はいない。日常を普通にやりすごせる村民と違い、思弁的であるゆえに意味を追求する熊太郎はそれに口下手が加わり結果的に「浮く」。

だから彼は村人が熱狂する祭りを「下らない」と言い切ったお富や、その共同体に似つかないほどの美人である縫に恋をする。

そして終始彼を悩み苦しめているのは行き止まりの不在感だろう。ここまで悪いことをすれば、きっと壁にぶつかるという予期は次々と裏切られる。結局熊次郎邸に斬り込みに行っても壁は存在せず、外部は存在しなかった。
ラストに彼はかつて一度懺悔した仏に向かって告白をするなかで、自分の行動は正義によって行われたのではなく、自分の私利私欲によってなされた事だと自覚し悩む。カントのいう「根本悪」である。

共役不可能性であったり、外部の不在であったり、自我の問題であったり、読んでいて泥沼に落ちました。この内容をあの河内弁で書くとは「あかんじゃないか」。